吹上苑では、入居された皆様が、最期まで「その人らしく」暮らせるように、「認知症のパーソン・センタード・ケア」、「福祉用具・福祉機器を活用した介護」、「多職種連携による看取り介護」などの、吹上苑独自の三大介護に取り組んでいます。今回はこれらの取組について、簡単にご説明いたします。
Ⅰ 認知症のパーソン・センタード・ケア
2024年1月1日、わが国では認知症基本法が施行されました。私たち専門職は基本法に則り、認知症ケアに取り組むことが求められています。吹上苑が実践している認知症のパーソン・センタード・ケアの考え方は、まさに基本法とベクトルが合致しており、日々の実践に活かしています。
吹上苑では、17年間パーソン・センタード・ケアの実践に取り組むために、マッパー要請の研修に参加し、NPO法人パーソン・センタード・ケアを考える会の皆様に出会い、認知症の方を捉える様々な視点を学んでまいりました。今年度も村田康子先生を講師にお招きし、職員研修を開催しました。
吹上苑では、マッパー養成の研修を終了した職員により構成されている認知症ケア委員会が組織されており、昨年度からは、村田先生と合同で企画した研修を開催する等、委員会活動も活発です。
1. パーソン・センタード・ケアは何を目指すのか
村田先生は「認知症の人たちは、私たちと全く同様に、あらゆる面で“人として認められ、扱われる”ことを求めている。これこそがパーソン・センタード・ケアの出発点です」と力説されます。
では、目指すのは「身体的介護だけではなく、心理的サポートも含む“全人的ケア”です。」
“認知症なのだから、仕方ない”と捉えるのではなく、その人の体験を知り、より良い関係を築き、互いによい状態で過ごせるよう、できることを見出し、共に取り組む、前向きな挑戦です。認知症にフォーカスを当てるのではなく、その人にフォーカスを当て、その人を中心としたケアの実践です。
2. パーソン・センタード・ケアに取組むための道標(VIPS)
V(Valuing People):人々を重んじる価値基盤 価値を認める
Vは、認知症の人が意識する、しないに関わらず心理的ニーズと関係しています。認知症をもつ人々は重度になっても、心理的ニーズが満たされることで、穏やかに過ごすことができます。私たちの接し方により、認知症の方々は、人間らしさを取り戻し、自分たちはまだ必要とされている、価値のある存在なのだと感じることができるのです。私たちは認知症のケアに関わる専門職として、理念をもってケアに従事することが求められます。
I (Individual Lives):それぞれの独自な人生
一人ひとりに目を向けていますか。一人ひとりに人生があり(生活歴、お気に入りの衣類や大切な持ち物、好み、大切な人間関係、一日の活動等)、その背景をケア(ケアプラン、支援の日常的見直し等)に活かしていますか。独自性が尊重された生活ができていますか。
P(Personal Perspectives):その人の視点に立つ
その人の立場(コミュニケーションの方法、リスク管理、安全でくつろげる環境、健康状態、BPSDの理由、人権擁護等)に立っていますか。
S(Social Environment):人と人が支え合う環境
支え合う社会的環境(共にある、尊敬する、思いやり、わかろうとする、関りを継続する、地域社会の一員、家族・友人との関係)。より良い関係を築くために、皆で取り組んでいますか。
認知症ケアで悩んでいたら、VIPSそれぞれの視点から、再検討することをお勧めします。必ず取り組むべき課題に気付くことができるでしょう。
職員の皆様、パーソン・センタード・ケアをしっかり活用して、より良い認知症ケアを実践しましょう。
(2025年5月14日 吹上苑において開催された村田先生の講義資料より抜粋)
Ⅱ 福祉用具を活用した介護
吹上苑では様々な福祉用具を活用していますが、ホームぺージ上では、車いす、リフトについて簡単に説明いたします。
1.日常的に福祉機器・福祉用具を活用(写真参照)
入居者のMさんに「車いすからベッドに移って、そろそろ休みましょうか」と職員が声をかけると、Mさんが頷きます。職員はMさんの背中にスリングシートを巻き込みます。Mさんは慣れていて、シートが入りやすいように、お辞儀をした姿勢になり協力してくれます。リフトにシートを装着、シートが適切に装着されているか、再度安全を確認、Mさんもしっかりとシートのひもを握ります。ゆっくりと持ち上げ、方向転換しながら、ベッドの真上まで移動し、ベッドに下ります。
職員が抱きかかえて移乗していた頃は、両手で支えるため、圧がかかり「痛い」と訴えられることが、多かったのですが、リフトを使用してからは痛みを訴えることが一度もありません。
Kさんの車いすは、一人ひとりの身体状況に合わせて調整できる「モジュール型」です。以前はすぐに姿勢が崩れて、長時間座っていることが難しかったのですが、モジュール型に替えてからは、姿勢が安定して、疲れにくくなり、離床時間も増えました。
吹上苑では、このように、リフトやモジュール型車いすを日常的に使いこなしています。

リフト操作手順(車いす~ベッドへ)





2.福祉機器・福祉用具の導入の難しさ
今から18年前の吹上苑は平均介護度が4.4、多くの入居者が車いすを使用していました。しかし、身体が左右どちらかに傾いたり、骨盤が後傾してお尻がずり落ちるような「仙骨座り」をしている方がほとんどでした。そのような中、シーティングのシンポジウムに参加。
シーティングとは、良好な座位姿勢が保てるように、車いすを調整することです。「重度化が進んでも、シーティングを実践すれば、入居者の自立性や安全性が向上する」と考え、委員会を組織して、施設全体で取り組むことにしました。また理学療法士の加島守さんを講師として招き指導も受けました。
調整済みのモジュール型車いすに座り、正しい姿勢が保てるようになると、両上肢が使えるようになり、うつむいていた方が、頭を持ち上げるなど、入居者に変化が表れました。食事介助が必要だった方が自身で食べられるようになったり、車いすを自走したり、趣味活動にも参加できるようになり、会話や笑顔が増え、その人らしさを少しずつ取り戻すようでした。職員が頻繁に入居者の姿勢を整える必要もなくなりました。
また、リフトの活用については、職員から「荷物の積み下ろしのようで、尊厳が感じられない」「移乗は人の手でおこなうべき」という反対の声が上がりました。リフトでの移乗は3分間時間を必要とするので「抱きかかえれば、数秒なのに、時間がかかり過ぎる」という意見も多くありました。
それでも腰痛に悩む職員が増加していたことや、介護施設は女性の多い職場、抱きかかえる力による移乗がプレッシャーになっていた40代以上の女性職員には好評でした。
賛否両論がある中、リフトの移乗を体験した入居者に感想を尋ねたところ「リフトの方が楽、痛くない」と評価したことで職員の意識が変わり、一気に広まりました。
現在は当たり前のように活用し、入居者、職員双方にとって、安全で安楽な移乗を実践できるようになりました。職員の負担は軽減され、腰痛で長期間休む職員はいなくなり、職場環境の改善につながりました。
Ⅲ 多職種連携による看取り介護
吹上苑では、26年前から多職種が連携し、看取り介護に取り組んでまいりました。ホームぺージ上では、多職種の役割や看取りのあり方について説明いたします。
1.多職種それぞれの役割
1) 配置医師
家族に分かりやすく心身の状態を説明します。医師の説明を聞き、今後の意向を伝えられる家族は多くはありません。返事に困っている家族に向かい「特養でできる医療を行いながら様子を見るのもひとつの方法」と説明するなど、ケースバイケースで説明します。家族の意向がはっきりしている時は、意向に沿った対応を家族・職員とともに考えます。
医師は入居者の心身の状態や人生を考え、家族の想いを考慮し、施設にも配慮しながら、方向性を示すことで、家族だけでなく、施設職員もこれからのケアを考えることができます。
2) 看護師
施設の中で、医学的な知識を持ち、看取りの知識も経験も豊富な職種です。入居時より、入居者への想い、家族の気持ちに真剣に応えてきた職種であるからこそ、看取りの時期に入り、刻々と状態が変化する中で「今、この方は、どのようなケアを求めているのか」を予測し、家族を支えることができます。看取り介護は、看護師がリーダーです。入居者の症状にとらわれ、対応に苦慮しているケアワーカーや、不安を抱えている家族に、さりげなく声を掛け入居者の身体状態や気持ちを伝えてくれます。
3) ケアワーカー
入居者の傍らで、やさしく、丁寧なケアを実践します。24時間入居者の身近でケアに携わっているので様々な入居者の情報を他職種に提供するとともに、他職種からの情報を収集し、ケアに活かします。入居者が安楽に過ごせるようポジショニングクッションやベットマット等の福祉用具の活用や、嚥下機能の状態に合わせ食事を介助します。看取りが近づくと、家族が頻回に訪れるようになるので、居心地よく施設で過ごせるように配慮します。
4) 栄養士
嚥下機能が低下するために、誤嚥を防止するための食事を考えます。看護師やケアワーカーと検討し、食事の形態、適量を決めます。また入居者の好物を調理して提供することもあります。
5) 相談員・介護支援専門員
家族の視点に立ち、家族の相談に応じ、家族の希望を他職種に伝えます。入居者や家族の想い、医師の説明を基に、多職種で検討したケアを看取りケアプランとして作成します。亡くなられた後は、偲びのカンファレンスを開催し、記録として残します。亡くなられた入居者は満足されていたか、家族の想いは叶えられたか、職員の対応は良かったかなどについて話し合います。亡くなられてから約1ヶ月後、グリーフケアの一環として、入居者の写真を添え、家族宛にお手紙を送ります。
3.看取りのあり方
吹上苑では入居者の平均年齢が90歳前後で推移しているので、老衰で亡くなる方が最も多くなりました。入居者や家族が吹上苑での看取り介護を希望されれば、病名では判断せず、全ての方を看取ってまいりました。
色々な病気で亡くなる高齢者の看取りを経験してきて感じるのは、どのような病気であっても、自然に見守れば、ほとんどの高齢者は穏やかな経過をたどり、老衰と同じように亡くなるということです。
「寿命が来て、老衰で亡くなろうとしているのだから、点滴は必要ない。この年になり、最期に痛い思いはさせたくない」と、老衰は自然なことと理解して、意向を話される家族もおり、意識の変化を感じます。
高齢者が安らかに看取られる社会になるように、これからも施設での看取りのあり方を考えたいと思います。
(三大介護について 文責 施設長 関口敬子)
表彰状
2013年11月8日
優秀賞 吹上苑殿
第17回高齢者介護研究会での研究報告
特定非営利活動法人 共生フォーラム 理事長 神成裕介
2014年2月12日
特別養護老人ホーム吹上苑様
介護職員の確保・定着のための優れた取組
埼玉県知事 上田清司
2014年6月11日
特別養護老人ホーム吹上苑様
給食を通じ栄養改善に寄与、給食の管理運営に顕著な成績
埼玉県知事 上田清司
2018年12月11日
松尾美由紀様、今江麻由美様、金子明日香様
第11回埼玉県高齢者福祉研究大会での発表
埼玉県老人福祉施設協議会 会長 岡芹正美
感謝状
2015年3月1日
社会福祉法人 えがりて様
日本赤十字社に多額の社費を寄せられた
日本赤十字社 埼玉県支部 支部長 上田清司
2015年度
居宅介護支援事業所吹上苑職員 川上由美子殿
振り込め詐欺を未然に防止した功労
鴻巣警察署長
2019年5月25日
特別養護老人ホーム吹上苑様
多年にわたり埼玉県立大学の教育に対し多大の貢献
埼玉県立大学 学長 萱場 一則
2019年11月29日
特別養護老人ホーム吹上苑様
ユニット型特別養護老人ホーム様
「彩の国あんしんセーフティネット事業」を通じての多大な貢献
埼玉県社会福祉法人社会貢献活動推進協議会 会長 金子伸行
社会福祉法人埼玉県社会福祉協議会 会長 山口宏樹
2020年3月15日
特別養護老人ホーム吹上苑様
多年にわたりさいたま赤十字看護専門学校の教育に対し多大の貢献
さいたま赤十字看護専門学校長 安藤昭彦